単に新しい知識を得るなどということではなく、学ぶことによって新しい領域を切り拓いてゆくことが望ましい。
たとえば中学校の教師をしていて、生徒の指導に困難を感じる。
そこで、他人から生徒指導の方法を教えてもらうなどというのではなく、現代の中学生の悩みについても、切実にその実態を知っているものとして、その解決法を自ら見出してゆこうとするならば、それは既存の知識を身につけるなどということではなく、学びつつ自ら新しい方法を発見してゆき、それを実行しつつ、その有効性を確かめてゆくことをしなくてはならない。
そうなると、一週間とか1ヵ月の「講座」を聴くなどではなくて、自らが学びつつ、その方向性や方法を見出してゆく、という意味で、「大学院生」として「研究」をするということになる。
ここにひとつの例のみをあげたが、たとえば脳死のことに関心をもった医者が、法律を学ぶ必要を感じることもあろうし、文学を研究している人が、コンピュータについて深く研究したいと思うこともあるだろう。
それは知識の獲得ではなく、新しい「研究」に結びつくのである。
したがって、誰かが「教える」ことではなく、本人が学びとってゆくことになる。
大学を社会に「開く」という場合、今までのところ、一般教養的な「講座」を市民に開放するというくらいのことが多いのではなかろうか。
その次元をもっとこえて、大学での「研究」に門戸を開くこと、したがって、大学院というものをもっと開放すべきではないか。
夜間大学院をつくることをもっともっと真剣に考えるべきではなかろうか。
主体的に学ぶ人を外部から受けいれてこそ、本当に大学の開放になる。
このことは、日本の教育における大きい課題になると思われる。
手前味噌になって中しわけないが、私の属するK大学教育学部では一九八七年から、社会人の大学院入学を受け入れている。
教育の現場での実際経験と大学内での研究は不即不離の関係にあり、このような門戸の開放によって大学内の研究も大いに進むものと考えている。
わが国の教育を他の先進国と比較するとき、初・中等教育に比して、大学、大学院の教育が見劣りすることを指摘する人は多い。
文部省の予算から考えても、高等教育の充実はもっと推進すべきであると思われる。
この際、自分も大学人の一人として考えることは、大学自治の原則はきわめて重要であり、守り抜く価値のあるもの之思うが、それでは「自治」を誇るにふさわしいだけの努力をしているかについては、相当な反省を必要とすべきだと感じるのである。
大学の自治というと、これまでの歴史のなかで、外からの圧力に抗して学問の自由を守ってきたことを評価すべきであるが、ややもすると「守り」の姿勢が強く、自ら打って出ることに対して、大学自治は関心が低いのではなかろうか。
このため、学問の進歩の最先端にいることを自負しつつ、体質的には保守的になってゆく傾向をもっているのではないかと反省させられるのである。
社会の変化が著しく早い今日において、その変化に対応する改変をなしとげてゆくうえで、大学自治のあり方を考え直すことも必要と思われる。
個性の尊重という点について、教育のことを考える人であれば、その重要性をすべての人が指摘するであろう。
しかし、これはわが国の教育を考えてみると、相当に困難な問題なのである。
ひとつの例として大学入試を取りあげてみょう。
教育の「見直し」などというと、多くの人が大学入試の見直しを連想するだろうと思うほど、入試の制度は何度も「見直し」をされ、その度にジャーナリズムを含め各方面から何かと批判されている。
確かに今の受験制度はあまりに唇苛酷である。
しかし、これはどのように制度を変えてみても、現在のように多くの人が大学を受験し、しかも、自分の住んでいる地方からどこへでも出てゆくので、いわゆる一流大学の定員が一挙に二倍や三倍にならないとすると、受験地獄は避けられない。
ここで非常に大きい問題となるのは、制度そのものよりも、日本中の人が大学や学部などについて、細かに順序づけを行い、少しでも序列の高いところに入学しようとしていることである。
大学にある程度の差があることは、欧米においても避けられないことだろう。
しかし、わが国のように細かい順序づけがなされているところはない。
これは、大学人としては、各大学が大学としての個性をもっていないことをまず反省すべきだろう。
各大学が多様な個性をもてば、それを一様に順序づけることができないし、受験生は大学の個性と自分の個性とのからみで大学の選択をするので、すべての人が特定のひとつの大学へ行きたがるなどということがなくなって、少しは受験競争も緩和されるであろう。
しかし、ここで大学側からの弁解を多少言わせていただくと、大学側か少しくらいの個性の差を示しても、そんなものは問題にしないほど、日本人の一様序列性を好む傾向は強いのである。
ここで「日本人論」を展開するのもどうかと思うが、「個性」のことを考えはじめると、どうしても日本人の特性について考えざるを得なくなってくる。
簡単に言ってしまえば、欧米人の近代合理主義に支えられた自我の確立ということを、日本人がいまだ十分に成し遂げていないということである。
欧米の「個人主義」ということが、わが国では受けいれられていない。
そこに、わが国特有の序列性がはたらき、欧米の能力差の考えが混入してくると、個人的な能力の多様性、個別性を認めるのではなくて、能力の一様な順序をつけることになってしまうのである。
親が子どもに対する場合も、子どもの個性に応じて進路を考えるというのではなく、ただ。
受験する学校が一様序列のどの段階に存在するかを問題にし、できれば少しでも高い序列のところにいれたいと願うので、受験競争はますます激しくなる。
高校の教師もこの考えにとらわれ、「君のこの成績だと、教育学部なんかにゆくのはもったいない。
医学部にしなさい」などという進学指導をすることになる。
つまり、本人の個性や希望などは無視して、可能な限り高い序列―と一般に考えられているところに入れこもうとする。
一昔前は経済的な条件のため、自宅から通える範囲内の大学にしか行けない人も多かったので、優秀な学生がある程度分散されたが、現在はそのような傾向も少なくなって、日本全体としての大学のランクづけが著しくすすみ、現状のように問題点が大きくなってきたのである。
日本人のこのような傾向がもう少し変化しない限り、制度の改変によって大学受験の受験地獄を緩和することはきわめて困難であると思われる。
個人主義が発展していないわが国の教育事情を非難しようとすれば、いくらでも言えるであろう。
しかし、最近のわが国の経済的発展を踏まえて、日本礼賛の論が一方で生じてくるように、日本の教育を一方的に非難ばかりもしていられない。
日本人の自我意識のあり方が、すでに述べたように母性原理の優位によっているので、屹立した自我を形成するよりも、常に他に開かれた形でつくりあげられてゆくのである。
これはまさに一長一短で、にわかにいずれがよいとは断定できない。
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